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琵琶湖大橋病院を
日本屈指の心血管センターに
鈴木 敦 循環器内科
2025年4月より当院循環器内科に赴任しました鈴木敦と申します。私が医師を志したきっかけは、月並みですが学生時代に見た人の命を救うために戦う医師の姿への憧れでした。晴れて研修医になってから、急性心不全や心筋梗塞など重篤な状態で搬送される患者様を颯爽と救う先輩循環器内科医をみて、自分もこの分野で活躍できればと思い、循環器内科の世界に飛び込みました。私はこれまで一般循環器内科分野の中でも急性期診療、とりわけ不整脈疾患領域を専門として、臨床・研究を行い、米国ではMayo clinic/St.Marys Hospital において、不整脈診療の最先端デバイスの研究などを行って参りました。
帰国後は大阪の中核病院で不整脈診療、重症心不全の治療に携わってきました。不整脈疾患は若年者から高齢者まで幅広い年齢層に起こる疾患です。そして高齢化が進んだ現在の日本において、心房細動を代表とする不整脈を契機とした心不全など治療のニーズが高まり続けている分野です。しかしながら、不整脈は循環器疾患の中でも専門性の高い分野であるため、先進的な治療を提供できる施設は本邦においても限られていました。琵琶湖大橋病院は病院長の小椋先生が琵琶湖西岸の地域医療の発展に献身的に取り組まれ、この数年で急性期治療の成果が右肩上がりに伸びております。循環器疾患治療は高齢者の多いこの地域の医療の中で重要な柱の一つです。この地域に最先端の心血管治療センターを立ち上げたいとの小椋病院長の志に感銘を受け、微力ながら力添えができればと思い、琵琶湖大橋病院への異動を決心しました。専門性の高い分野ではありますが、進歩し続ける治療デバイスや先端治療を提供できるように、これからも研鑽し、当院循環器内科の一員として励んでいきたいと思います。みなさま、これからどうぞよろしくお願い申し上げます。
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胃や腸の不調は
消化器内科までご相談ください
川原 猛 消化器内科
当院には多くの専門科があり、それぞれの科にはスペシャリストである優秀な先生方が揃っています。患者様によっては、特に御高齢の方の場合には複数の疾患があり、いくつかの科で同時に検査・治療を進めていく必要がある場面が見られます。そのような状況下において、当院では大病院でしばしば見受けられるような各科間の垣根はなく先生方は協力してフットワーク良く患者様のために一生懸命医療を行っており、この協力体制こそが当院の大きな強みの一つと考えています。
消化器内科においては胃・大腸・肝臓・膵臓・胆嚢等の文字通り消化に関係する臓器に関連した疾患の検査・治療を行っております。検査においては患者様の負担が少なくなるような安楽な胃カメラ・大腸カメラを行なえるように心がけています。胃潰瘍・胆石症・胆のう炎・膵炎・大腸ポリープ・各種悪性腫瘍等多数の疾患の診療を行っていますが、時には内科的治療では治らない場合があり、そのような時には外科の先生方とも連携して治療を進めていきます。「胃の調子がすっきりしない」「便の調子が悪い」「食欲があまりない」「なんとなく腹部膨満感・違和感がある」等のおなかに関連した症状があればどんな些細なことでも構いませんのでお気軽に当科へ相談にいらしてください。
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患者様が笑顔で退院される姿を見ると
本当にやりがいを感じます
片村 真紀 循環器内科
循環器内科とは元々心臓病の診断と治療を行う診療科でしたが、現在では全身の循環システムを守備範囲とし、血液循環のポンプである心臓のみならず、血液が流れる血管疾患もその対象疾患に含まれます。代表的な心疾患には、心臓自体を養う冠動脈が動脈硬化を来し心筋が酸素不足に陥る「狭心症」や、冠動脈が詰まって心筋が壊死に陥る「心筋梗塞」、心臓が機能低下を来す「心不全」、規則正しいはずの脈が乱れたり速度に異常を来す「不整脈」などがあります。高血圧症はそのいずれの疾患の原因にもなりますので、こちらも治療の対象となります。
また糖尿病や腎臓病の経過が長くなりますと、下肢の動脈硬化が進行し歩行時に血流不足を生じる「下肢閉塞性動脈疾患」を発症することがあり、カテーテルによる血管内治療を行うこともあります。心疾患の患者様の訴えは胸痛・動悸・息切れなどの胸部症状が主ですが、訴えを詳細に聴取することで診断に至れることも多いため、常に丁寧な問診を心掛けています。疾患の特異性から救急で来られる患者様が多いのですが、来られた時は強い呼吸困難や激しい胸痛で苦しんでおられた方が、治療によって元気になられ笑顔で退院される姿を見ますと本当にやりがいを感じます。この瞬間が循環器内科診療の醍醐味と思っています。現在循環器内科は小椋理事長を含め5名の常勤医が在籍しています。それぞれの医師が得意分野を生かせれば、どのような救急患者様にも対応できる体制が整ったと思います。今後益々地域の救急医療に貢献して行きたいと考えています。
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仕事と家族と旅とお酒を愛する
整形外科医です
川南 芙美 整形外科
皆様こんにちは。琵琶湖大橋病院にお世話になり3年が経過しました。火曜・木曜の外来診察では患者様に長時間お待ちいただくことも多く、大変申し訳ありません。私が医師を目指したのは、人間の生命に関わる仕事が純粋にかっこいいなと思ったからです。『ブラックジャック』や『ドクターX』など、魔法のように人命を救う医者に憧れていましたが、医学部で勉強するにつれて、生命回復よりも機能回復に興味を持ち、整形外科を選択しました。痛みで歩けなかった患者様が手術後に回復し、笑顔になっているのを見ると、医師になって良かったと心底感じます。
まだまだ未熟ですが、手術室のスタッフ、麻酔科の先生、同僚の先生などのチーム一丸となって最後までやり遂げる手術が大好きであり、やりがいを感じております。職場では家庭を理由にご無理を申し上げることも多々あり逆に家庭では仕事を言い訳に家事や子育てがおろそかになっております(笑)。食べ盛りの娘たちと“三度のメシより晩酌が好き”な夫のために、若い頃からの趣味である旅で知った世界各国・日本各地の郷土料理をアレンジしたオリジナル・インチキ料理が得意です。私自身も毎日の晩酌が生き甲斐で、「今日も頑張った」と自分で自分を褒めながら、なんとか仕事と家庭を両立しております。当院は大津市北部の中核病院として地域医療に取り組んでおり、患者様との距離が近く小回りの効いた診療が可能です。その中でも、患者様に一定レベル以上の診療をわかりやすく行うこと、患者様の立場に立った診療を行うことが私の使命です。
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命にかかわる仕事の責務を
生涯全うしたい
明石 加都子 循環器内科
2012年4月から琵琶湖大橋病院循環器内科に勤務しています。透析のある病院に勤務することが初めてで、当院に勤務してから透析患者様の冠動脈、下肢動脈、シャント血管のカテーテル治療などを経験することができました。院長先生をはじめ同僚の先生方に助けていただきながら、循環器全般の診療に携わっています。私が医師を目指したのは、小学生の頃に愛犬が病気で亡くなり、命にかかわる仕事や人の役に立つ仕事がしたいと考えたことがきっかけです。大学受験までは医師になるか獣医師になるか悩んでいましたが、最終的に医師を目指すことにしました。
日々の診療にあたる際、自分の大切な人が患者様と同じ立場になったらどうするかを念頭に置き、自分と違う意見に対して頭ごなしに否定せず、患者様にとって最善は何か考えることを心掛けています。病気に携わる職の性質上、さまざまな出会いや別れがあり、自分の無力さを痛感することも多々あります。そんななか、病気が回復して患者様が退院されるとき、「この病院で先生に診てもらえてよかった」と言われたとき、医師になって本当によかったと思います。人命にかかわる仕事に従事する責任を日々痛感し、生涯その責務を全うしようと考えています。近年医師数が増加し診療の幅が広がったこと、他の科の先生方に気軽に相談がしやすい垣根の低さが当院の良さです。中規模病院の特性を生かしつつ、私自身も患者様にとって相談しやすい医師を目指していきます。
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楽しく生きましょう!
訪問診療は快適ですよ
池田 俊子 内科・訪問診療科
琵琶湖大橋病院の分院である北雄琴クリニックの院長の傍ら、琵琶湖大橋病院の外来診療も担当しております。1981年に岡山大学を卒業後、大学病院のlCUで救急部に籍を置き、24時間365日仕事に没頭していた頃の経験が今なんとか役立っています。私の医療の原点は、祖父の急死です。大学病院にて、当時日本ではまだ珍しかった全身麻酔での植え込み型ぺ—スメ—カーを心臓に入れ、手術後は面会し会話もできていたので、元気で病室に帰るのを楽しみに待っていた矢先の訃報でした。ショックでその場で失神した祖母も、長年肝硬変と黄疸で入退院を繰り返していました。
母は、肺癌を発症し術後7年目に再発、10年目に他界。父は、母亡きあと認知症を発症し10年後に膵臓癌で他界。叔父は、透析中に吐血し50歳で急死しました。私自身も幼少期から大学卒業までの間、気管支喘息による病院通いが常で、二度の重積発作で危うく死ぬところでした。また、小学時代も交通事故でこれまた死にかけています。患者様やその家族として頻繁に病院を往復する立場で思ったのは、遠方の有名な病院に行くのも大事なことですが、現実的には自宅に近い病院が便利であるということです。毎日のお見舞いや、仕事や家事の合間の通院介助を思えば、自宅にいながら病院と同様の医療を受けられることがどれほどありがたいことかと、自身の経験から感じます。医療の進歩はめざましく在宅で対応困難な場面も多々ありますが、幸い琵琶湖大橋病院には各分野の専門医がおられ、高度医療機関や大学病院との連携もスムーズなので安心して訪問診療を行うことができています。いつでもお気軽にお声かけください。
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患者様の気持ちに寄り添い、
希望を叶えられる医師でありたい
岡村 寛子 外科
私の幼い頃の夢は幼稚園の先生になることでした。時が経つに連れ、その夢は小学校の先生、中学校の数学教師と変わっていきましたが、最終的に興味を持って選んだのは、父の職業でもある「医師」という道でした。琵琶湖大橋病院に赴任してから早3年が過ぎ、消化器外科を中心に、がん・急性虫垂炎・胆石症・ヘルニア・乳腺など幅広い診療を行っています。
学生時代の指導教官が言っていた「フットワーク軽く、ハートの熱い医師が良い医師だ」という言葉は今でも私の心に残っており、知識や技術を磨くだけでなく、患者様の気持ちにしっかりと寄り添い、少しでも希望を叶えられる医師でありたいと常に考えています。
私を見かけた周囲の職員からはよく「先生は、いつも走ってますね」と言われますが、実はフルマラソンの自己ベストがサブ4(一人前のランナーとしての勲章で、フルマラソンを4時間以内で走りきること)間近だったこともあるほど昔から走りが得意です。密かな自慢は、以前神戸マラソンに出場した際に、私が手をあげてゴールしている瞬間の写真が新聞記事に掲載されたことです。そんな俊足を活かして、患者様のもとに少しでも早く駆けつけたいという想いで、日々院内を駆け回っています。プライベートでも走っていることが多く、3児の母として保育園へのお迎えも超スピードでこなすなど、毎日奮闘しています。子育てが落ちついてきたら、ゆくゆくはフルマラソンに再挑戦し、今度こそサブ4を目指したいと思っています。母親業と医師業の両立は大変ですが、初心を忘れずに、これからも邁進していきます。
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小回りを効かせて患者様に寄り添う
診療を心がけています
川合 寛治 外科
2020年に琵琶湖大橋病院外科に赴任し、今年で4年目になります。消化器外科が専門ではありますが、消化器外科領域だけでなく外傷や腹部救急一般、乳腺疾患、呼吸器疾患など出来る限り幅広く対応してきました。2022年度からは外科常勤医が2人から3人に増え、対応可能な疾患や時間帯が拡がりました。消化器外科で扱う疾患は、緊急手術をしなければ命に関わる疾患から専門的知識を要する疾患まで多岐にわたります。腹部救急疾患においては、初期診療から関わることで遅滞なく適切な治療を受けていただけるよう、悪性疾患に関しては、外科治療だけでなく術後の薬物療法や緩和ケアなど治療の全ての工程に関わることで、不安なく治療を受けていただけるよう心がけています。
外科救急・腹部救急領域では、「出来るだけのことはやったけど、ちょっと先が見えない」と思うことがしばしばあります。このような絶望的な状態でも、諦めずに治療を続けることでちゃんと歩いて退院出来るまで回復する患者様もいます。そのような患者様の退院を見送ったあと、スタッフと「あの時はどうなるかと思ったなぁ」と辛かった時間を振り返るのが外科医として喜びを感じる瞬間です。外科手術、特に悪性疾患の手術においては、大学病院などの大病院を希望される患者様が多くいらっしゃいます。設備もマンパワーも大病院には敵いませんが、私たちは中小規模の病院の特性を活かして、患者様に選んでいただける外科になりたいと考えています。
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健康寿命を伸ばす方法を
一緒に考えましょう
青盛 克裕 整形外科
2017年から琵琶湖大橋病院整形外科に勤務し、約6年になります。着任から約4年間は、常勤医師1人で「出来るだけ断らない」をモットーに膝関節の専門外来と一般整形外科の外来および手術を行なってきました。最近は常勤医師3人となり、より多くの患者様に対応できるようになりました。高齢化に伴い変形性膝関節症の患者様が増加しており、基本的には手術以外の保存療法を考えますが、保存療法では軽快しない患者様には、全人工膝関節置換術、単顆型人工関節置換術、膝周囲骨切術など患者様に合った手術療法をしっかり相談の上、選択しております。
治療法を考えるときは、まず、患者様の健康寿命(日常生活が制限されることなく生活できる期間)をいかにして長くするか、患者様が自分の家族だったらどの治療法を勧めるだろうかと考え、それぞれの患者様に適した治療法を選択します。また最近では大腿骨近位部骨折(足の付け根の骨折)の受傷後早期手術の重要性が認識されるようになってきました。当院では、以前から色々な手術材料を常備し、緊急の手術にも対応し、できるだけ早く手術を行い、寝たきりにならないように努めています。プライベートでは、保護犬を含め3匹の犬と暮らしています。毎朝晩と長時間の散歩をするのを日課としており、たくさんの喜びと癒しを与えてもらっています。膝関節の痛みだけでなく、他の部位の痛みや痺れなどご気軽に当科にご相談ください。
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最適な治療方法を
私たちと共に考えましょう
近藤 守寛 腎臓内科 CKDセンター長
令和4年4月よりCKDセンター(腎臓病専門治療センター)を開設致しました。腎臓とは沈黙の臓器とも呼ばれ、腎臓病は基本的に初期症状がありません。腎臓病が進行すると、むくみ、頻尿、疲れやすさ、頭痛、食欲不振などの症状が出てきます。さらに進行すると腎代替療法(血液透析・腹膜透析)が必要となります。初期の腎臓病では食事管理、血圧管理、薬物療法などにより、できる限り腎臓病の進行がゆっくりとなるように治療を進め、さらに腎臓の機能が極度に低下(末期腎不全)した場合に腎代替療法の治療を始めていきます。
CKDセンターでは、腎臓病初期段階から末期腎不全による腎代替療法までの全ての腎臓病に対して治療を行っています。また腎臓病が進むと、動脈硬化による心血管疾患などのリスク、骨粗鬆症による骨折のリスク、消化器疾患のリスクが高くなりますが、当院では多くの専門科があり連携しておりますので、安心して腎臓病の治療を受けていただくことができます。健康診断などで摘されている場合や、血液検査などで異常値が見受けられる場合は早期に当院腎臓内科にお気軽にご相談ください。
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これまで以上に質の高い
検査・処置・診療を行っていきます
山本 剛司 消化器内科
2023年4月に、琵琶湖大橋病院消化器内科に赴任しました。基本的には消化器全般を診ておりますが、主に内視鏡診療(中でも最近は胆膵内視鏡)を得意としています。当院消化器内科の常勤医はこれまで川原先生おひとりでしたが、昨年から私を含めた3人体制となりました。3人体制になり約1年、内視鏡での検査や処置の数も増え、新しい機器も導入されたことで診療の幅や質も向上していると感じています。しかし、単に医師が増えたからといっても、私たち医師だけが検査や処置、診療を行っているわけではありません。
看護師や各専門技師などコメディカルの方々のサポートは、内視鏡検査・処置を安全かつ円滑に行うためには不可欠です。設備や環境が整っていないとできないこともありますが、それ以上にマンパワーが足りなくてできないことも多いからです。診療の幅や疾患の守備範囲が広がったことで、苦痛の少ない内視鏡検査の選択肢として外来での鎮静下内視鏡検査が導入されたことや、質の高い大腸CT検査の実施などにつながっております。鎮静内視鏡検査はまだまだ限定的な運用段階ですが徐々に対応数を増やしていき、今後は大腸ポリープの日帰り手術も導入したいと考えています。こうした部分は、専門外の方からするとわかりづらく、まだまだ評価されにくい部分かもしれませんが、無理せず、今の自分たちにできることを少しずつ増やしていき、この地域の方々の需要に応えていけるよう努めたいと思っております。
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一生一医者。
ひとりの医師としてまっすぐに
患者様に向き合っていきたい
寺田 和始 循環器内科
琵琶湖大橋病院の循環器内科に勤務し始めて2年半が経過しました。当院の循環器内科は、小椋院長がその礎を築いてくださったことで発展してきた科であり、その下で働けることを大変光栄に感じています。循環器内科において、私は主に冠動脈や下肢動脈及び下肢静脈瘤への血管内治療、フットケアを行っています。急性心筋梗塞に対してはDTB(door to balloon
time) 90分以内を達成し、命の危険や様々な合併症が起きる確率を軽減できるよう対応にあたっています。医師を目指したのは、テレビで医療ドラマを見て「こんな職業もいいな」と思ったのがきっかけだったと思います。
ドラマの内容はもうあまり覚えていませんが、主人公の白衣の背中に「一生一医者」と書かれているのを見てかっこいいなと思った記憶があります。このフレーズは今でも自分のモットーになっており、常にひとりの医師として患者様に向き合っていくことを目標としています。普段の診療で心掛けていることは「驕らないこと」です。「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉がありますが、謙虚に、誰からも学ぶ姿勢を失わないようにしています。プライベートでは4人の息子の父親として奮闘しています。4人男子が揃うと毎日が修学旅行のようでにぎやかであり楽しいのですが、全く言うことを聞きませんので、家に帰ってから子供たちが寝るまでの間は終始怒鳴り続ける生活をしています。仕事中はぼそぼそと話すだけでも周りのスタッフがきちんと動いてくれるので、大変楽をさせて頂いています。
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医師になったきっかけは、内科医だった親父です。親父は昭和32年から信楽中央病院で働いていました。医師と思えないぐらい安月給でした 。毎日当直をしていました。毎日です。町内の有線電話経由で病院からコールがあり、電話機の呼び出しの鈴音がりりりーんと3回目に鳴る前に、寝床から走って受話器を取っていました。
病院に救急車はなく、用務員のおっちゃんが運転する(おっちゃんも毎日当直)セドリック2000、バンタイプで移動しました 。真夜中に信楽町の地図上の最果てまで行ってました。親父は僕の母親からはぼろくそに言われていましたが、僕は親父は偉い人だと思いました。だから僕も医師になりました。
同じ内科医である今、患者様の話はどんな些細なことでも診断に繋がる大切な情報と考え、気軽に喋れる医師であることを大切にしています。
次にタイガースの話をします。1992年のことでした 。大阪の病院の当直帰りによく、甲子園の素戔鳴(すさのお)神社にお参りをしました。タイガースが優勝目前。社務所で500円のお守りを買い、一万円札を手渡し、おつりは受け取らず、優勝を祈願しました。でも、ヤクルトが優勝しました。その後もおつりを受け取らない参拝を続け、合計40回ほどお参りをしました。
2002年のある日、神主さんが、「あのおつりで大きな絵馬コーナーを作りました」と言いました。2003年の1月、絵馬コーナーのうわさを聞いた星野監督が神社を訪れ、ポケットマネー100万円を神社に寄付されました。結果、リーグ優勝しました。2005年1月、神主さんは、書がうまい岡田監督に野球塚と書いてもらいましたが、逆にポケットマネーを寄付されました。絵馬コーナーには「野球塚石碑」が立ち、リーグ優勝しました。僕は根っからのタイガースファンです。
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みなさん、毎日ぐっすり
眠れていますか?
宮崎 総一郎 睡眠外来
2014年10月から当院の睡眠外来を担当しています。小児患者(1歳)のいびき・睡眠時無呼吸症候群の治療がきっかけで睡眠学研究を始め、2年前に滋賀医科大学に設立された日本初の睡眠学講座に特任教授として赴任し、不眠症や過眠症、ムズムズ脚症候群、ナルコレプシーなど広く睡眠障害の方々を診察して参りました。
睡眠の病気は約80種類あります。よく眠れないと、肥満や高血圧、糖尿病などの生活習慣病やうつ病を悪化させることが分かっています。さらに、良い睡眠をとると認知症予防になることや、子どもの学力や身体能力が向上することも明らかになっています。睡眠外来での診察を受け、睡眠がとても良くなり持病も改善されてイキイキ人生を送れるようになった方が沢山おられます。少しでも睡眠に不安がある方は、気軽にご相談ください。良い睡眠で、健康レベルを底上げしましょう!
40年以上にわたり医療に従事してきた私ですが、実は大学を卒業したら茶道の世界に入り、裏千家の業襲(ぎょうてい)になろうと本気で考えていました。お茶に関しては、他の方の3倍以上は古に励んできた自負があり、自宅の一室が埋まってしまうほどの茶道道具を所持しています。若い頃は、国際学会に行く際には必ず『野点(のだて)』という道具を持参し、世界各地でお茶を点てるなど、医療の世界でもお茶で人間関係を築いてきました。茶道を通して他人との関わり方や生き方を学ばせていただきました。狭い茶室で時間を共有し、こころを通わせる。そんな時間がとても心地よいですね。